in my room
前書き
さてはてに
何から書こうか?なんて考えあぐねるのも愉しいものである。
最初にお断りしておくが、わたくしはライターではない。
今を時めく若者でもない。
然し生前整理をする程歳でもない。
出産の経験もない。
記事にするほどスリリングな日常を伝えることもできない。
お金は幸せを生むものではないがお金もない。
いわば俗に云う
ヘッポコ人生だ。
人と比べれば負だ。
余程貪底な毎日を生きている
と想像されても仕方がないが、
そこは根が楽天家ときている
らしい。
時々生きている価値もない。と
落ち込む事もある。
そんな時は
素直に
思いっきり
泣いても良い日にしておく。
涙を浪浪と流す。
何にもないはずなのに涙は出る。
まだ涙を流せる。まだ大丈夫だ。と思えて来る。
ヘッポコだって良いじゃない。と自分にいってみた。
わざわざ比べなくても良いじゃない。と返って来た。
ないものは数えないと学んだ。
前置きは此処までとする。
ようこその記事なので、
幼少期を軽く掲載しておこうと思う。
残念な子供
潮の香りに包まれた昭和の町で育つ。
長屋の貧乏暮らし。
小学校に入学すると六年の間
学校では口を利かなくなる。
大人にとって残念な子供だった。
わたくし自身も
なんて勿体無い時間を過ごしてきたんだろう?と
大いに悔やまれる幼少期だ。
こんな偏屈な子供
今でこそ愛おしい。
そうしなければやり過ごせなかったんだねと
受け止めてみようにも
やるせない。
置いてきたいけど
これもまた自分だ。
過去も全部、
今は。
拒絶する為の小さい抵抗だったのかもしれない。
あの頃の気持ちは宇宙の中に紛れてしまって
もう分からない。
ほんの少し分かるのは
とても悲しくて
驚いて
何処かに逃げ出したかったんだ。
落胆でいっぱいの心を抱えていたってことくらいだ。
それは多分でしかない。
疎外感。
子供心にも期待してた何かに打ちのめされた。
身体はあれど
魂が
フワフワ居場所をなくした状態。
そんな子供だった。
大丈夫だよと抱き止めたい。